手をつなごう
2012.05.16 *Wed
てをつなごう
みんなで手をつなこう
ほうら、ほうら、大きなお花が咲きました。
ってそんな歌がありました。
最近、誰かと手をつないだ記憶がありません。
息子と全うに手をつないだのは1年前ぐらいが最後かも。
指相撲は最近したけど。
あれは手をつないだとはいえないね。
まして、息子以外の人と
手をつないだ記憶は、霧の彼方のその彼方。
手をつなぎたいと思うのです。
きっと、
照れまくってうれしくなると思うのです。
みんなで手をつなこう
ほうら、ほうら、大きなお花が咲きました。
ってそんな歌がありました。
最近、誰かと手をつないだ記憶がありません。
息子と全うに手をつないだのは1年前ぐらいが最後かも。
指相撲は最近したけど。
あれは手をつないだとはいえないね。
まして、息子以外の人と
手をつないだ記憶は、霧の彼方のその彼方。
手をつなぎたいと思うのです。
きっと、
照れまくってうれしくなると思うのです。
いろ いろ
2012.05.14 *Mon
気がついた時には絵を描く事が大好きでした。
ずっと好きだったので美術を勉強する大学に入りました。
だけど、今はあんまり絵は得意としていない。
大学で己をよく知ったから。
幼稚園の時、折り紙でお魚を折って
大きな模造紙に貼った海に
たくさんの海藻や珊瑚、それから仲間のお魚の絵を描いて
とっても先生にほめられた事を覚えている。
その時の画材は絵の具で
なんとも薬品臭い匂いだった。
汚れてもいいスモッグにベレー帽をかぶった
「画伯」だったワタシの写真が残っている。
小学生に上がって絵の具セットを買ってもらった。
サクラマット水彩の12色。
アルミのチューブでした。
息子の絵の具セットを購入した時は
ラミネートチューブになっていて、
随分絞り易くなっていて感動しましたが
やっぱり絵の具といったら
アルミチューブだよなぁと思う昭和生まれです。
しろ
おうどいろ
あか
きみどり
レモンいろ
ちゃいろ
あお
ビリジアン
やまぶきいろ
しゅいろ
こんいろ
くろ
多分こんな色のセットだったと思う。
間違っているかもしれないけど。
今は随分、色の名前が変わっているようです。
「ビリジアンっていったい何?」
ってずっと不思議に思っていました。特別な色でした。
色を想像できないネーミングですよね。
風景を描く時、校舎の横にある杉の木を描く時ぐらいしか
このビリジアンは活躍できませんでした。
24色セットになると
「はだいろ」や「ももいろ」や「みずいろ」といった
彩度、明度の高い色パステル調が入っていて、
とてもうらやましかったのですが
しばらくは買ってもらえなかった記憶があります。
「はだいろ」は今は使われていない言葉です。
「うすだいだい」という色名になっています。
肌の色はいろいろで、白人、黄色人種の肌の色だけではないからです。
ここでは「はだいろ」をそのまま使わせていただきます。
決して人種的な差別をするつもりはありません。
当時のそのままを記したいからです。
12色セットでこの「はだいろ」
を作るには、「しろ」と「ちゃいろ」と「しゅいろ」と「きいろ」を
上手に混ぜ合わせるテクニックが必要でした。
でも24色セットの「はだいろ」の色にはならないのです。
あのすこーしピンクがかった「はだいろ」はとても魅力的でした。
「はだいろ」で人の絵を描くと
とてもうまく見えるような気がしていました。
ママの顔を描くと、
とてもやさしいママが描けたように思いました。
すぐになくなるのが「しろ」
最初っから大きいチューブで
箱の左端にいてエラそうなのですが
混ぜ合わせたりするので、すぐになくなっちゃいます。
反対にいつまでも、いつまでもなくならないのが「こんいろ」
どうしても「男の子色」は残りがちでしたが
「あお」は空を塗るのに良く使いました。
でも「こんいろ」は使いようがあまりないのです。
どうして「こんいろ」がセットの中に入っているのか
ずっとずっと不思議に思う、一応女の子のワタシでした。
今にして思うと
水彩絵の具という難しい画材を
小学生に使わせたなと思います。
乾かないうちに描き進めると色が混ざって
滲んで濁っていきます。
それがいやだぁと思う子が多いのではないかと思います。
油絵の具やアクリル絵の具なら
勢いよく描けるのにと思っています。
色が滲んで行く様を楽しめるのは
経験を積んだオトナならではと思います。
人生いろいろ 男もいろいろ 女だっていろいろ
ってそんな歌がありましたが、
いろいろな人や生き方にふれ
その色に染まり染められ
ようやっと自分の色が分かってくる頃に
滲みってものが、きれいだなと思えるような気がします。
ずっと好きだったので美術を勉強する大学に入りました。
だけど、今はあんまり絵は得意としていない。
大学で己をよく知ったから。
幼稚園の時、折り紙でお魚を折って
大きな模造紙に貼った海に
たくさんの海藻や珊瑚、それから仲間のお魚の絵を描いて
とっても先生にほめられた事を覚えている。
その時の画材は絵の具で
なんとも薬品臭い匂いだった。
汚れてもいいスモッグにベレー帽をかぶった
「画伯」だったワタシの写真が残っている。
小学生に上がって絵の具セットを買ってもらった。
サクラマット水彩の12色。
アルミのチューブでした。
息子の絵の具セットを購入した時は
ラミネートチューブになっていて、
随分絞り易くなっていて感動しましたが
やっぱり絵の具といったら
アルミチューブだよなぁと思う昭和生まれです。
しろ
おうどいろ
あか
きみどり
レモンいろ
ちゃいろ
あお
ビリジアン
やまぶきいろ
しゅいろ
こんいろ
くろ
多分こんな色のセットだったと思う。
間違っているかもしれないけど。
今は随分、色の名前が変わっているようです。
「ビリジアンっていったい何?」
ってずっと不思議に思っていました。特別な色でした。
色を想像できないネーミングですよね。
風景を描く時、校舎の横にある杉の木を描く時ぐらいしか
このビリジアンは活躍できませんでした。
24色セットになると
「はだいろ」や「ももいろ」や「みずいろ」といった
彩度、明度の高い色パステル調が入っていて、
とてもうらやましかったのですが
しばらくは買ってもらえなかった記憶があります。
「はだいろ」は今は使われていない言葉です。
「うすだいだい」という色名になっています。
肌の色はいろいろで、白人、黄色人種の肌の色だけではないからです。
ここでは「はだいろ」をそのまま使わせていただきます。
決して人種的な差別をするつもりはありません。
当時のそのままを記したいからです。
12色セットでこの「はだいろ」
を作るには、「しろ」と「ちゃいろ」と「しゅいろ」と「きいろ」を
上手に混ぜ合わせるテクニックが必要でした。
でも24色セットの「はだいろ」の色にはならないのです。
あのすこーしピンクがかった「はだいろ」はとても魅力的でした。
「はだいろ」で人の絵を描くと
とてもうまく見えるような気がしていました。
ママの顔を描くと、
とてもやさしいママが描けたように思いました。
すぐになくなるのが「しろ」
最初っから大きいチューブで
箱の左端にいてエラそうなのですが
混ぜ合わせたりするので、すぐになくなっちゃいます。
反対にいつまでも、いつまでもなくならないのが「こんいろ」
どうしても「男の子色」は残りがちでしたが
「あお」は空を塗るのに良く使いました。
でも「こんいろ」は使いようがあまりないのです。
どうして「こんいろ」がセットの中に入っているのか
ずっとずっと不思議に思う、一応女の子のワタシでした。
今にして思うと
水彩絵の具という難しい画材を
小学生に使わせたなと思います。
乾かないうちに描き進めると色が混ざって
滲んで濁っていきます。
それがいやだぁと思う子が多いのではないかと思います。
油絵の具やアクリル絵の具なら
勢いよく描けるのにと思っています。
色が滲んで行く様を楽しめるのは
経験を積んだオトナならではと思います。
人生いろいろ 男もいろいろ 女だっていろいろ
ってそんな歌がありましたが、
いろいろな人や生き方にふれ
その色に染まり染められ
ようやっと自分の色が分かってくる頃に
滲みってものが、きれいだなと思えるような気がします。
はじめの二歩
2012.05.11 *Fri
5月に入ってちょこちょこと
細かい事ですが今までと違う事をしてみる事にしました。
通勤経路を変えてみたり
もう一品のおかずを今まで作った事のないものにするとか
ネイルの色を変えてみるとか
頑張ってスカートをはいてみるとか。。。(頑張ることか?)
頑張ってヒールの高い靴をはいてみるとか。。。(頑張る!)
それだけでも随分気分が変わるものです。
ワタシがこのブログを始めて、ちょうど一年が経ちました。
本当にいい方々に恵まれて、楽しいブログ生活を送っています。
こちらによく来ていただいている方はご存知だとは思うのですが
ワタシは泣き虫なので、ウレシい記事でも、悲しい記事でも
本当によく泣いています。
コメントのやり取りは、励まされ続けています。
いろんな方からよくいただく感想が
「コメント欄が良い」なのです。
ワタシのブログは来ていただいた方々の
コメントで出来あがっていると思っております。
いつもいつも感謝しています。
先日のちょっとのお休みの時も
皆さんから「待ってます」や「無理しないで」という言葉をいただき
本当にウレシかった次第です。
いつの間にかたくさんの友人を得ていました。
ワタシは「継続は力なり」だけでなく
発展的継続を目指しております。
ただ継続していただけでは、相対的に右肩下がりになってしまうので
ちょっとづつでも発展していきたいと、心かけております。
ブログもそうありたいと思っています。
気持ちだけですが。。。
今一度、初心にもどって
丁寧にブログに向かいたいと思っています。
今一度「ちょっと小さかった頃のこと」を
丁寧に綴っていきたいと思っています。
「小さかった頃の事を綴る」という事は
「今を綴る」事だと自分では思っています。
いっぱい書きたい事はあるのですが
まとめるのにやっぱり時間を要します。
じっくり取り組みたいなと思っているこの頃です。
今までランキングのバナーを張っていましたが
当初の目的を終えたように思えるので外す事にしました。
ずっとカテゴリーの上位でいられた事は
おおきな励みになっておりました。
今までクリックしてくださってありがとうございました。
今まで以上にお邪魔した先で
そして来てくださった方々と
やり取りが出来ればと思っております。
引き続きよろしくお願いします。
今度は拍手で
↓
細かい事ですが今までと違う事をしてみる事にしました。
通勤経路を変えてみたり
もう一品のおかずを今まで作った事のないものにするとか
ネイルの色を変えてみるとか
頑張ってスカートをはいてみるとか。。。(頑張ることか?)
頑張ってヒールの高い靴をはいてみるとか。。。(頑張る!)
それだけでも随分気分が変わるものです。
ワタシがこのブログを始めて、ちょうど一年が経ちました。
本当にいい方々に恵まれて、楽しいブログ生活を送っています。
こちらによく来ていただいている方はご存知だとは思うのですが
ワタシは泣き虫なので、ウレシい記事でも、悲しい記事でも
本当によく泣いています。
コメントのやり取りは、励まされ続けています。
いろんな方からよくいただく感想が
「コメント欄が良い」なのです。
ワタシのブログは来ていただいた方々の
コメントで出来あがっていると思っております。
いつもいつも感謝しています。
先日のちょっとのお休みの時も
皆さんから「待ってます」や「無理しないで」という言葉をいただき
本当にウレシかった次第です。
いつの間にかたくさんの友人を得ていました。
ワタシは「継続は力なり」だけでなく
発展的継続を目指しております。
ただ継続していただけでは、相対的に右肩下がりになってしまうので
ちょっとづつでも発展していきたいと、心かけております。
ブログもそうありたいと思っています。
気持ちだけですが。。。
今一度、初心にもどって
丁寧にブログに向かいたいと思っています。
今一度「ちょっと小さかった頃のこと」を
丁寧に綴っていきたいと思っています。
「小さかった頃の事を綴る」という事は
「今を綴る」事だと自分では思っています。
いっぱい書きたい事はあるのですが
まとめるのにやっぱり時間を要します。
じっくり取り組みたいなと思っているこの頃です。
今までランキングのバナーを張っていましたが
当初の目的を終えたように思えるので外す事にしました。
ずっとカテゴリーの上位でいられた事は
おおきな励みになっておりました。
今までクリックしてくださってありがとうございました。
今まで以上にお邪魔した先で
そして来てくださった方々と
やり取りが出来ればと思っております。
引き続きよろしくお願いします。
今度は拍手で
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カッチ カッチ カッチ
2012.05.09 *Wed
アメリカンクラッカーなるものが大流行した。
といってもドレミのドがつく田舎だったので
他のところより遅れてきた流行だったのかもしれない。
ワタシが買ってもらったのは
丈夫そうな紐が二本、その先にボーリングのボールとおんなじ赤い玉が
2個くっついているだけの
本当にシンプルなアメリカンクラッカー。
買ってもらった当初は、
ただ、カッチ カッチ カッチって
左右に2つの玉を当てる事しか出来ず
上下に当てる技は遥かほど遠いものでした。
何度やっても、赤い玉はバランバランになって
手首に「コレでもか!」ってくらいぶつかって青アザがいっぱいできた。
時には、なぜだかほっぺたも直撃。
うまくなるのは痛みを伴い
かつ修行が必要な、非常に非情な玩具でありました。
そうこうしている内に
うまくなるためのある事に気がついた。
まず「精神統一」から始めるのです。
目を閉じ、深呼吸をして、「やるぞ!」と念じてから
最初はゆっくりカッチ カッチ カッチとさせ、
そしてちょっとづつ勢いがついてきたら
「とりゃぁぁぁぁ~」と気合いを入れ
躊躇する事なく上下させる。
玉が上と下でぶつかりあい、
バチバチバチバチバチという音になるのです。
ただそれだけなのに
うれしいのです。やったーなのです。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
の後、やっぱり二つの玉がバランバランになって
思いっきり手首に直撃して、青あざが増えるのです。
最近、進化したアメリカンクラッカーを見ました。
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といってもドレミのドがつく田舎だったので
他のところより遅れてきた流行だったのかもしれない。
ワタシが買ってもらったのは
丈夫そうな紐が二本、その先にボーリングのボールとおんなじ赤い玉が
2個くっついているだけの
本当にシンプルなアメリカンクラッカー。
買ってもらった当初は、
ただ、カッチ カッチ カッチって
左右に2つの玉を当てる事しか出来ず
上下に当てる技は遥かほど遠いものでした。
何度やっても、赤い玉はバランバランになって
手首に「コレでもか!」ってくらいぶつかって青アザがいっぱいできた。
時には、なぜだかほっぺたも直撃。
うまくなるのは痛みを伴い
かつ修行が必要な、非常に非情な玩具でありました。
そうこうしている内に
うまくなるためのある事に気がついた。
まず「精神統一」から始めるのです。
目を閉じ、深呼吸をして、「やるぞ!」と念じてから
最初はゆっくりカッチ カッチ カッチとさせ、
そしてちょっとづつ勢いがついてきたら
「とりゃぁぁぁぁ~」と気合いを入れ
躊躇する事なく上下させる。
玉が上と下でぶつかりあい、
バチバチバチバチバチという音になるのです。
ただそれだけなのに
うれしいのです。やったーなのです。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
の後、やっぱり二つの玉がバランバランになって
思いっきり手首に直撃して、青あざが増えるのです。
最近、進化したアメリカンクラッカーを見ました。
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ここにいる
2012.05.07 *Mon
3年生にもなると、かくれんぼもお家の外で展開され
探す方も隠れる方もダイナミックに、そして巧妙になっていった。
ワタシはよくマンションの階段下の倉庫に隠れたりした。
倉庫の外、オニの足音が聞こえると
息さえも潜めて、身を小さくしました。
とても上手に隠れたりしてしまうとなかなか見つけてもらえません。
そのまま、その場で寝てしまったりして、
オニから忘れさられてしまったり、
あげくの果てに、みんながいなくなり、
非常にショックを受けた事があります。
それ以来、逆に見つけて欲しいが為に、
わざと見つかるようにしてオニを待ったりしました。
高校、大学、そして社会人になって
その時々、大好きな人と待ち合わせして、
待ちぼうけを喰らう事もありました。
ワタシは時間を守りたい方で、
いつも少し早めに到着して待ちます。
ですので、待ちぼうけを喰らうと
ちょっと長く待ちぼうけを喰らう事になります。
今のように携帯電話がなかったので、待つしかありませんでした。
でも、いつまでも待っていられました。
相手の事情はどうあれ、待っている事がつらく
そして、とても幸せでした。
そういった経験をたくさんすると、随分あきらめが良くなって
どこかで区切りをつけて、待たなくなりました。
待つよりは違う方法や違う時間を過ごそうと
切り替えをするようになりました。
待つだけの情熱を持てるものが
なくなってしまったのも事実です。
そんな中、最近ワタシはある事を待っています。
辛抱強くじっと待っています。
夜中近くになって、まわりがシンとして
遠くの電車の音が聞こえてきたりすると、
なにも動かない状況がとても重苦しく感じます。
どうしたら、上手にやり過ごせるだろうと思います。
自分がここにいて、必ず相手があって
その相手が何か返してくれるだろうと思うからこそ待てる。
でも返ってこないと、やっぱり
ワタシはここにいる。だから反応をください。
って、言葉にしたくなります。
言葉に出したら、負けのような気がしてしまうのは
どうしてでしょうね。
前の記事「すこし おやすみ」に優しい言葉ありがとうございました。
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探す方も隠れる方もダイナミックに、そして巧妙になっていった。
ワタシはよくマンションの階段下の倉庫に隠れたりした。
倉庫の外、オニの足音が聞こえると
息さえも潜めて、身を小さくしました。
とても上手に隠れたりしてしまうとなかなか見つけてもらえません。
そのまま、その場で寝てしまったりして、
オニから忘れさられてしまったり、
あげくの果てに、みんながいなくなり、
非常にショックを受けた事があります。
それ以来、逆に見つけて欲しいが為に、
わざと見つかるようにしてオニを待ったりしました。
高校、大学、そして社会人になって
その時々、大好きな人と待ち合わせして、
待ちぼうけを喰らう事もありました。
ワタシは時間を守りたい方で、
いつも少し早めに到着して待ちます。
ですので、待ちぼうけを喰らうと
ちょっと長く待ちぼうけを喰らう事になります。
今のように携帯電話がなかったので、待つしかありませんでした。
でも、いつまでも待っていられました。
相手の事情はどうあれ、待っている事がつらく
そして、とても幸せでした。
そういった経験をたくさんすると、随分あきらめが良くなって
どこかで区切りをつけて、待たなくなりました。
待つよりは違う方法や違う時間を過ごそうと
切り替えをするようになりました。
待つだけの情熱を持てるものが
なくなってしまったのも事実です。
そんな中、最近ワタシはある事を待っています。
辛抱強くじっと待っています。
夜中近くになって、まわりがシンとして
遠くの電車の音が聞こえてきたりすると、
なにも動かない状況がとても重苦しく感じます。
どうしたら、上手にやり過ごせるだろうと思います。
自分がここにいて、必ず相手があって
その相手が何か返してくれるだろうと思うからこそ待てる。
でも返ってこないと、やっぱり
ワタシはここにいる。だから反応をください。
って、言葉にしたくなります。
言葉に出したら、負けのような気がしてしまうのは
どうしてでしょうね。
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